とある日本人『奇跡講座』学習者の困惑

『奇跡講座』は難しい、でも楽しい!

1. 御父ってどちらさま ④<母的神を赦す>

<母的神を赦す>

 

父的神と子の関係は、父と、自己を立ち上げた、自意識のはっきりした子の関係。

母的神と子の関係は、子沢山の母と、母と分たれ難い幼い子どもたちの関係。

 

このどちらの神も、『奇跡講座』的視点から見ると、つまり非二元論的に見ると、偶像の神である。自我の誕生と存在について、自我が信じていることを自我的に説明した物語の中で、自我の源として要請されたものだ。そして自我は誕生していないので、どちらも自我による空想である。

 

『奇跡講座』を実践する上で、偶像が父的か母的かは関係ない。

必要なのは、自分が捏造した偶像の神に対する投影を赦し、真の神(真理、愛)を知ることだ。

しかし『奇跡講座』は父的偶像の神用に書かれているので、母的神を自分の親として捏造したが、それを赦すための手段として『奇跡講座』を与えられた私としては、ところどころ納得がいかないことがあり、どこがどう違うのかをはっきりさせたいのだ。

そこがスッキリしないと、『奇跡講座』に対する信頼が曖昧になってしまう気がする。